どうもこんにちは。
たくみ(@takumi_blog_)です。


ということで、今日は他人の話をちゃんと聞くことは難しいよね、って話をしていきたいと思います。
“いやいやそんなことないやろう”と思っている人が大半と思いますが、そう思っている人ほどちゃんと話は聞けていないと思います。
他人の話をちゃんと聞くことは、意識しないと本当に難しいと最近はつくづく感じています。
そして、他人の話をちゃんと聞くことは、人間の自己形成のためにもめっちゃ大切なことなんだなぁ〜と学びがあったので、共有できればと思います。
ではどうぞ。
このページのもくじ
人は他人の話を聞けない生き物
人という生き物は、基本的には他人の話を聞くことができません。
- 腕や足を組んでいたり、
- 体を話し相手の方へ向けなかったり、
- 相手の話題を自分の話題にすり替えたり、
- 相手が話し終わる前にかぶせ気味に話し始めたり、
- 相手の話をすぐに要約して結論づけようとしたり、
- 相手の話に対して勝手に原因追求と解決方法を提案したり、
と、聞いているつもりでも実は自分が話をしています。
“普段話を聞いているよ”と思っているつもりでも、
- こちらの質問に対する答えしか聞かなかったり、
- 話し相手の話題はこちらの顔色を伺うものだったり、
など、本当に話し相手が話したい話題じゃないことも多いかもしれません。
なので、他人の話をちゃんと聞くことって本当に難しいな〜、と最近は痛感します。
じゃあ、そもそも『話をちゃんと聞くこと』ってどういうことでしょうか?
話をちゃんと聞く、傾聴とは?
他人の話をちゃんと聞くことは以下のように理解しています。
- 間を大切にする
- 視線を合わせる
- 話し相手に体を向ける
- 基本的には質問はしない
- 自分の意見は持ち出さない
- 否定的なワードは用いない
- 相手のキーワードを復唱する
- こちらが話すときは相槌を打つか話を促すとき
そして何より話を聞くために充分に時間をとる、ということが他人の話をちゃんと聞くためには大切だなと思います。
“そんなの当たり前のことばかり・・・”と思われた方もいるかもしれませんが、実際に他人と話をしているときの自分の態度や話の聞き方を一度意識してみてください。
思った以上にできてないことに気がつくはずです。
聞き手に求められることは共感と共鳴
人はそれぞれ価値観が異なります。
同じ話を聞いていても、全員が全員同じように理解するとは限りません。
感情的に解釈する人もいれば、論理的に話を解釈する人もいるでしょう。
すぐに問題解決を考え出す人もいるかも知れません。
10人いれば10通りの話の解釈の仕方があるはずです。
ですが、話している本人が聞いてほしいことはたった一つのことだけです。
そこにある話は話している本人が感じて聞いてほしいというただ一つの話題です。
聞き手の価値観や解釈などは必要がないことがほとんどでしょう。
話している本人はただただ、自分の感じたことや思ったことを聞いてほしいだけなんです。
そこに、解決策の提示やあなたの意見、あなたの話などは求められていません。
自分の話を誰かに聞いてもらって、ただただ共感や共鳴をしてほしいだけなのです。
話をちゃんと聞くことは誰かの自己肯定感を支えること
最近、肌感覚的に自己肯定感が低い人が多いように思います
- 自分のことを低く評価していたり、
- 承認欲求がとにかく高かったり、
- 一人では何も決められず何もできなかったり、
など、特に職場で毎年新人さんが来るたびにその色は強いように感じています。
自己肯定感とは文字通り、自分自身を肯定する感覚のことで、他人と比較することなく自分を認め尊重する事を言いますが、最近の子は自己肯定感がとにかく低いです。
悩んでいるときのその多くが、“他人と比較して〇〇だから〜”と他人と比較することが結構多かったり、否定的な言葉を受けたり、失敗があるとすぐに落ち込んでしまったり、自分の意見を持てなかったりなど、あげだしたらきりがありません。
自己肯定感がどうして低いのか?
僕は、携帯電話やパソコンなどのITの普及と忙しすぎる日常が関係しているのでは?と思っています。
ITが普及したことで、コミュニケーションの手段は電話から文章に変わりました。
もっと言えば、聴覚から視覚に変わりました。
文章では間をとることがありません。
そしてメールでただ“うんうん”“おうおう”など相槌だけをうつことや“それでそれで”“その他には”のように話を促すだけでは、かえって相手の話に興味がないようにも見えたりします。
なので、相手の話題に関心があるよと伝える代わりに、メールなどの文章ではついつい相手の出来事に対してどう思ったかをを言ってしまいます。
相手が求めていなくても。
ここでコミュニケーションのエラーが起こります。
相手の意見と自分の意見に齟齬が生まれるわけです。
自分の価値観と違うことが相手からは伝えられて、あたかも自分の価値観がおかしいと言われている気がする。
そしてそういうことが続くと相手に嫌われないように相手の顔色を伺った文章を打つ、そんなことが習慣化されてしまい、その結果自分の意見や話に自信がなくなる、ゆえに自分自身に自信がなくなるということにつながっているのでは?と思うのです。
また実生活においても、メールを打ちながら友だちの話を聞いたりのように、いわゆる『ながら作業』がITの普及により当たり前になりました。
仕事をしていて自己形成ができている人にはいいかもしれませんが、自己肯定感が育まれていない若い世代の子からしたら悲劇です。
というのも、『ながら作業』は相手の話を聞くこととは全く逆の態度だからです。
そうやって『ながら作業』の中で成長してきた人たちは、自分の話をちゃんと相手に聞いてもらった経験が異常なほどに少ないはずです。
それでは携帯電話が発達する前には当たり前に育っていたはずの自己肯定感が育つはずもありません。
まとめ|大切な人と話すときは傾聴しよう
ということで、本記事は以上になります。
少し話が脱線したかもしれませんが、現代は本当に人の話をちゃんと聞くことを阻害する要因があまりにも多すぎます。
というのも、先程も話したように『ながら作業』がしやすい環境にありすぎるからです。
- PC作業をしながら
- スマホをしながら
- TVをみながら
- 音楽を聞くながら
- ゲームをしながら
スマホが普及しすぎたことで、『ながら作業』があまりにもしやすくなりました。
人によってはシングルタスクだけでは時間がもったいないとすら思うようになっているかもしれません。
それくらい『ながら作業』が当たり前の現代です。
それが故に、多くの人の話をちゃんと聞かなくなっています。
しかも、コミュニケーションをとるときは対面よりも電話、電話よりメール、自分自身じゃなくてアバターのように、もはや本当の自分が誰かすらわからない状況で話をする環境にもなりつつあります。
その結果、自己肯定感が育まれていない人たちが多くなり、結果的に社会にも悪影響が出ているのでは?と感じるほどです。
少し話が大きくなりすぎたので、最後に決意表明だけして終わりたいと思います。
僕は今、二児の父親です。
職場では部下もたくさんいます。
今までは自己肯定感が育まれていないのは個人のせいとばかり思っていました。
ですが、自己肯定感が育まれないのは話を聞く人のせいでは?と考えるようになりました。
なので、少なくとも自分の大切な人と関わるときは、その人達にちゃんと時間をとり、そして充分に相手の話を聞く、そこには僕の意見は持ち出さない。
そんなことを最低基準に過ごしてみたいと思います。
この記事があなたの役に立てば幸いです。
そんじゃあね。
僕のブログでは『頑張らない生き方』かっこよく言えば『労働生産性の向上』をモットーに、『大切な人が困ったときに助けになれる環境の構築や提案』を発信しています。
気になる方は人気記事のリンクを張っていますのでよろしければそちらにも遊びに来てください。