浪人が決まった時の話。

『不合格通知書』を僕は12通持っていた。これを手に入れたのは今から約10年以上前。

人生で初めて、自分の思い通りにいかないことが起こった。

僕は要領がいい方だったこともあって、自分がしたいことはある程度思い通りに進むことが多くて、『失敗』することがほとんどなかった。この『不合格通知書』は僕に初めて『失敗』を突き付けてきた。




浪人が決まった

当時、めっちゃプライドが高かった僕は学歴をすごく気にしていた。

「専門学校は嫌だ、△△大学は偏差値が低いからバカ扱いされるし行きたくない。」

今思い返すと、「勉強する内容はいっしょやから関係ないで」と当時の僕に言ってあげたいくらいだが、本当にプライドだけが人一倍高かった。

そんなプライドの塊だった僕は、偏差値が高い大学の受験しかしなかった。

センター試験にもあえなく撃沈し、私立大学しか視野になかった僕は、受けれる受験パターンすべてに出願した。

その結果がこのありさまだった。

あんた自殺するんちゃうか

母親はこう思っていたらしい。

僕は当時のことをあまり覚えていないが、たまにその時の話を母親とすると、僕の顔は人生が終わってしまったような顔をしていたそうだ。

そんな母親がこんな言葉をかけてくれたのだけはよく覚えている。

『浪人して勉強してもいいし、海外に旅に出てもいいよ』と。

僕はここで『浪人』を選択したのだが、なんで『海外に旅に出る』を選択しなかったのかと今でも悔いが残っている。

プライドが高かった当時は、この『失敗』を取り消して『理学療法士』という仕事をしたい気持ちでいっぱいだったのだろう。

浪人してもいいし、しなくてもいいし

いまの僕が大学受験をして、失敗したらどうするか考えてみた。

専門職や研究をしないのであれば、絶対に『浪人』しない。

正直勉強はどこでもできるし、やりたいことがあれば自分でできる。

今は『学歴』よりも、どれだけ『スキル』が大事。

自分で勉強して『スキル』を取得できるのであれば自分で勉強した方がいいし、大学といった縛られた環境じゃなくても、『スキル』を取得できるサービスや場所はあるから、そっちを使っていった方がより多くのことを取得できる可能性もある。

中学⇒高校⇒大学っていった謎の慣習が日本には定着しているけど、自分のやりたいことを軸に考えることができるなら、この慣習にのっからなくてもいいんじゃないかなと僕は思う。