理学療法士という仕事を考える。

こんにちわ、匠(@takuchan_PT)です。

何を隠そう、僕は理学療法士という仕事をしています。

僕は、このブログでたびたびミニマリズムを語っているのですが、この考えと理学療法士という仕事が少し乖離しているなと感じたことがあったので書いていきます。

匠オフィシャルブログ【ミニマリズム】



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仕事とミニマリズム

まず、ミニマリズムを改めて確認しておく。

ミニマリズムとは、翻訳すれば「必要最小限の」、ということになる。

ただ、必要最低限がいいわけではなくて、その本質は「強調」。

仕事とミニマリズムを考えてみる。いろいろ仕事がある中で、理学療法士という仕事に専念している。そう考えれば、僕はいまのところ理学療法士を強調した生活をしていると思う。

医師とミニマリズム

僕は、病院に勤めている。

当然、医師がいる。

医師といってもたくさんいる。

内科の先生、呼吸器内科の先生、呼吸器外科の先生、循環器内科の先生、心臓外科の先生、脳外科の先生、神経内科の先生、その他たくさん。それぞれが専門医である。

そして、僕は医師はミニマリストだと思う。総合診療医を除いて。

各分野に特化してそれを極めて診察・診療・治療されている。

自分の範疇の外は共診を依頼する(つまり外注する)。

先生たちは、医師という仕事を強調し、さらにその中で自分の分野を強調している。

つまり、医師はミニマリズムな職業、強調された職業だと思う。

理学療法士とミニマリズム

理学療法士はミニマリズムと非常に対局な場所にある職業のように思う。

(脳外科専門病院・整形外科専門病院などに勤務しているセラピストを除いて。)

各セラピストが、一人のヒトを診れたらそれは素晴らしいことと思う。けれども、近年は後期高齢者を診ることも多くなっている。そうなると、ただ一つの疾患に着目するわけにもいかない。色んな情報から全身状態を把握して、既往歴や合併症も考慮して、心身機能の向上を図っていかなければならない。そこには脳外科的なこともあれば、整形外科的なこと、呼吸器のこと、栄養のこと・・・たくさんのことを考慮して、一人のヒトを捉えなければならない。

そうすると、General(総合的)に評価・治療できる臨床力が必要となる。

ミニマリズムのような強調とは逆の考えになる。

何かに特化するよりも、何でも診れる。

ここでまた葛藤が生じる。

総合的に診れることと、専門的に特化して診れること、どちらがいいのか。

急性期・在宅期ではジェネラリズム、回復期ではミニマリズム

これは僕の考えだ。

急性期では、一つの疾患に対して色々な疾患や症状が合併していることが多々あるので、一つの疾患だけでなく、あらゆることを想定して診療できる評価スキルが必要になると思う。全身管理といったリスク管理能力、身体機能の回復につとめる評価・治療能力など。

在宅期においても、院内と違って、情報量が圧倒的に少なくなるのであらゆることを想定できる診療能力が必要になると思う。また院内以上に生活面へアプローチするといった想像力なども必要になると思う。

回復期は少し違う。

リハビリテーションを積極的に進めていく回復期病棟では、脳外科や運動器に特化した評価・治療が必要になると思う。ましてや脳外科なんて、回復のLimitがある程度決まっているのでなおさらだ。決まった期間の中で、最大限に身体機能の向上を図るには、医師同様に「強調」した治療が必要になると思う。

急性期・在宅期ではジェネラリズム、回復期ではミニマリズムというように、タイプの違うセラピストが必要になると思う。

一概に、ジェネラルに診れたほうがいいか、ミニマルに診れたほうがいいかで言い争うべきではないと思う。

理学療法士という仕事を考える。

理学療法士をミニマリズムという視点から考えてみた。

特化した能力をもつセラピストはたくさんいるだろう。

ただ、今の日本の社会情勢をみれば、ジェネラルに診れる能力があるに越したことはない。

医師のごとく、特化した能力をもつセラピスト集団で検討し診療するというスタイルも一度みてみたいな、なんて思う。